70歳。同級生夫婦のゆるい暮らし

おはよう! 1日ひとつ英単語

写真全然撮らない癖、困ります

青い鳥

写真を撮るのを、また忘れました




(この時はいい写真がたくさん撮れました🤭)










またやってしまいました。


どこかへ出かけたり、何か特別な体験をしたりするとき、


ブログに書こうとか、SNSに載せようとか、


頭の片隅ではちゃんと思っているのです。


でも、いざ現場に立つと、すべて忘れてしまいます。













目の前の光景に感激して、ただ「見る」ことに夢中になってしまう


そして、帰宅してからカメラロールを見てみると、


あるのはほんの1枚か2枚、もしくは1枚も撮っていなかったりするんです。



「写真を撮る」という行動が、


私の中では「意識しておかないと忘れること」なんだと思います。





最近は、どこに行っても皆スマホを取り出して撮影するのが


当たり前のようになっていますよね。



何を食べても、どこへ行っても、誰と会っても、


まずは「写真を撮っておこう」が合言葉のよう。



でも私は、そうした習慣が体に染みついていないようです。





考えてみれば、私が育った時代には「カメラ」は特別なものでした。


フィルム式で、現像にお金も時間もかかるし、


1本で24枚や36枚しか撮れないという制限がありました。


だから、写真を撮るという行為にはどこか緊張感があって、


「本当に残したい瞬間」にしかカメラを向けなかったように思います。




今のように、iPhoneがいつもポケットに入っていて、


何百枚でも気軽に撮れて、しかもすぐに見返せるなんて、


信じられないような環境です。



でもその便利さに、どうも自分の感覚が追いついていない気がします。













もちろん、写真が嫌いなわけではありません。


むしろ好きです。



見返すと、あの日の空気や音、香りまでもがふわっとよみがえってくる感覚があって、


やっぱり「撮っておけばよかった」と思うのです。


だから最近は、出かける前に自分に言い聞かせるようにしています。


「今日は写真を撮るんだ」


「せめて7〜8枚は撮ろう」


それでも現場では、夢中になってしまって、


気がつけば1枚だけ。相変わらずです。


でもまあ、それも私らしいのかな、とも思います。



心にはしっかりと残っている。


その瞬間を「見る」ことに全力を注いでいるわけですから、


それはそれで意味があるのかな





それでもやっぱり、せめてあと2〜3枚は撮りたいな🤭🤣







こんにちは。楽しい一日でありますように

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